漬物の営業許可制の見直しで垣間見えた、HACCPに対する理解のズレ

更新日時:2025.2.13

 2018年の改正食品衛生法では、営業許可業種および施設基準の見直しが行われました。その際、漬物製造業が、過去にO157食中毒で死亡事例などもあることから、従前の「届出業種」から「許可業種」に変更され、施設基準も設定されました。

 
 HACCP制度化の本格施行は2021年でしたが、その本格施行の前後で、新聞やネットニュースで「施設設備に多額のコストがかかるので、漬物事業者の廃業が増える」といったニュースが流れていました。
 行政や事業者、マスコミ関係者が、猶予期間の間にどういう行動をとっていたかは存じ上げませんが、「共同作業所を設置して、事業が存続できるようになった」「補助金を活用できるようになった」といった報道を見かけました。関係者の話では、結果的にはそれほど多くの廃業者は出なかったとも聞いていますが、これらの報道に対して「なぜそれを2018年の直後から、本格施行の前までにやらなかったのか?」という思いと、「改修にそんなに多額のコストがかかるのか。妥当な改修が提案されているのか?」という思いがありました。

 
 施設基準は食品衛生法の施行規則で規定され、各自治体はそれらを参酌(さんしゃく)して条例を定めることになっています。その際、条例では、業態にもよるが「衛生上の支障がない場合や、必要な衛生管理措置が講じられていると判断できる場合には、施設基準の柔軟な運用が可能な場合がある」としています。
 この「衛生上の支障がない場合」「必要な衛生管理措置が講じられていると判断できる場合」とは、すなわちHACCPを構築・運用して、重大な食品安全ハザード(significant food safety hazard)の制御が確立できている場合、と捉えてよいのではないでしょうか?
 例えば、施行規則では「壁、床、天井を不浸透性の材質にする」「水栓は洗浄後の手指の再汚染が防止できる構造にする」「作業区分に応じて区画する」といった規定がありますが、もしHACCPと一般衛生管理が適切に構築・運用されていれば、不浸透性にすべき箇所は、大量の水を使う箇所や、ドライ運用が困難な箇所などを中心に考えればよいはずです。
 手指の再汚染を防止する構造は、必ずしも自動水栓だけが選択肢ではないでしょう。簡単な改造を施しで、肘や足で開栓できるタイプにすれば、目的は達成できるかもしれません。作業区分も、必ずしも隔壁の設置だけが選択肢ではありません。汚染区域(トイレや原料置き場など)から清潔な区域(衛生的な作業を行う区域)への交差汚染を防止できれば、目的は達成できるでしょう。
 

 この原因は何でしょう? 行政からの情報発信の不足だったのでしょうか。事業者の経営に対する危機意識の不足だったのでしょうか。

 ついでに、もう一つ余談です。漬物を営業許可制度に変更する際、塩分濃度や賞味期限の議論はなされたのでしょうか?
 消費者の減塩志向に対応して、漬物の塩分濃度は昭和時代より低下しています。それが様々な食中毒の要因となってきました。2012年の高齢者関連施設の白菜の浅漬けでO157食中毒(死者8人)が発生しました。2001年には和風キムチでO157食中毒も起きています。これらは、低塩による微生物制御が関わっている事件です。「昔ながらの高塩分の漬物」と「低塩分の漬物風の野菜(調味サラダ?)」を、同じ「漬物」というカテゴリーにまとめるのは、いささか乱暴であったように思います。

 同じような話題で、ある食品(地方の伝統的な食品)で「HACCPの手引書どおりに出来ないので、取引ができなくなった」といった報道もありました。手引書とは「あくまでも参考資料の位置付け」であるはずです。著者の見解では、手引書は「事業者はこの通りにやれ」という類のモノではなく、本来の目的は「保健所の監視指導の平準化」(「これ以上厳しい指導はしない」という線引きをするための資料)であったと認識しています。手引書は、HACCP制度化のバイブルにはなり得ないですし、強制力もないはずです。

 

 手引書通りにできないのであれば、「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」の運用が難しいのであれば、逆転の発想で「コーデックスの7原則に沿って『HACCPに基づく衛生管理』にシフトすればよい」というやり方では、取引は継続できなかったのだろうか?と思いました(取引業者がHACCP制度化について正しく理解していなければ。この逆転の発想は通用しないのですが)。

 

 あくまでも、HACCPの本質は自主衛生管理であり、自主的なハザード分析と&検証(継続的改善)にあるということを、改めて強調したいと思います。食品衛生法の改正による「HACCP制度化」や「衛生規範や総合衛生管理の廃止」は、食品衛生行政が「行政の監視を重視する、行政の言うことに従うことを優先する時代」から、「事業者の自主管理を重視する時代」へとシフトしていると捉えるべきです。

 HACCPで規制が増え、どこかの業種が対応に苦慮すると、新聞やネットニュースでは「日本の食文化の危機」という文句が使われます(中には「文化」とは呼べない食品が取り上げられることもありますが……)。今後も、そうした事案は出てくるかもしれません。もし、本当に「食文化」として守るべきであるなら、施行間際のギリギリになってから対応するのではなく、猶予期間の間に(出来るだけ事業者に負担がかからないような選択肢を探す方向で)対応すべき、と思います。